部会・同窓会
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大学電気電子工学科同窓会

読書、サイクリング、そして… 井出英人名誉教授

2021.08.30 更新

 元気です。ここまでこれました事、青山学院の皆様に感謝しております。

 現況報告ですが、どうしてもまずは思い出から述べさせていただきます。

<信州佐久の風景>

 小生18歳で信州の片田舎より下駄履で上京し大学へ、そして22歳で創立時の青山学院大学理工学部の助手となりました(厳密には21歳、卒研時に助手が内定してから夏休みに学生実験の打ち合わせなどで工事中の世田谷キャンパスに何回か行っております)。 昭和41年〜平成24年まで48年間勤めました。更にその後2年間非常勤として勤めました。
  
<昭和41年4月研究室にて>  <昭和40〜41年購入の測定器>

 退職して9年経ちますが72歳の時、胸の痛みが1週間に2回あったので大学病院に行ったところ、血液検査後にすぐに医者に「手術」と言われ3時間の手術で死なずにすみました(14日間入院)。73歳の時ヘルニア(脱腸)の手術で10日間、74歳の時に熱中症で自宅の庭で倒れ救急搬送で30日間の入院。人生で入院はこの3回のみでした。今は元気です。

 家事(主夫)、読書…600m近くに公営の図書館があるため1週間5冊の本を借りてきて読んでおります。特に芥川賞作品を第1回ら現在まで読んでおり、選考委員の評論の厳しさをかみしめながらようやく終えそうです。
 5年前より自分も短編を書き始め投稿しております(時々良いコメントをいただくがまだ入選は一度もなくこのまま断念しそうです)。
 自転車(子供のころから乗り、中・高校と自転車通学でしたので)に興味があり田舎、大学、勤務時代の友人を訪ねてサイクリンクを楽しんでおりコロナ禍のここ2年間で50人ほどの知人と会いました(男性のみ)。人と会って話をするのが好きでこれが健康の元かなと思っております。

<サイクリングで神代植物園、友人と>

 今まで誰にも話してはいなかったのですが私の小さい時の夢を話したいと思います。私は小学・中学校時代音楽に興味があり、先生も認めてくれたのが小学3年生の時ら中学3年まで、学芸会、音楽会で独唱を何回もしたもので、歌のうまい生徒と言われていました。そこで、将来歌手になりたいと思いはじめ、中学終わりの頃思い切って両親に打ち明けました。父親はお酒を飲んでいた杯をポロっと膝に落とし、母親は泣きはじめてしまいました――私の気が狂ったと思ったようでした。ものすごく反対されてしまいました。それっきり歌手の希望は諦めました……単純ですね。信州の片田舎では無理だったようです。

 家内がある時、高齢者は「喉の衰え」がすなわち死を早める(誤嚥性肺炎に移行)、と言いましたので、何か良い対策方法はと考えました。その結果、家庭内で歌える1人カラオケを購入し、午前中必ず1時間歌っています。もう6年になります。中学生の頃の密かな夢が実現したような気分です。95点でプロとして認定、100点が出るとそのカラオケの中で多くのファンが握手、サインを求めてくれます。

<カラオケで練習>

 理工学部の最終講義(電気電子計測)の後、定年退職の挨拶を生前葬と名付けて一人一人と握手しました。今考えてみてもそれは本当に満足したものでした。この2年のコロナ禍で、身内や先輩、後輩同僚の入院見舞、葬儀にも参列できず顔も見る事ができませんでしたので…。

 専門の仕事はボランティアで受け持った「健康と磁気」財団の理事と電気計測器工業会のJIS委員会の委員長(いずれも年4回)をやっております。

 同窓会で皆様に会いたいと思っており健康には気を付けております。本当にありがとうございます。
小生の「学院の思い出」は青山学院センターだより2014.7(第10号)p.p.4〜5に詳細があります。

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