「C・S・ルイスとグレアム・グリーン」
講師: 竹野 一雄先生(日本大学大学院総合社会情報研究科教授)
日時: 10月4日(土) 11月10日(月) 12月6日(土)
いずれも14:00~16:00
会場: 総研ビル11階 第19会議室
会費: 会員3,000円 非会員4,000円
二人の作家との出会い
読書の楽しみを多少なりとも経験した人には忘れがたい書物があるのではないかと思う。私にとってその一つは学生時代に出会ったグレアム・グリーンの『情事の終り』である。読ませるストーリー、テーマの提示と展開の巧みさ、多彩な技法の駆使に驚き、そして作中人物に恋する読者がどれほどいるか定かではないが、私は〈セァラ〉という女性の魅力に心奪われたことを思い起こす。この作品との出会いを契機に、グリーン文学に魅せられた私は、その年の夏休みに、当時入手できるペンギン・ブックス版と邦訳書をすべてを買い込み、グリーンの世界に浸った。振り返ってみれば、グレアム・グリーンとの出会いによって、私はそれ以前とは比べものにならないほど、自分と他者と世界に対する認識の面で、また、芸術作品としての文学という認識の面で、大きな影響を与えられたのだと思わずにはいられない。
グレアム・グリーンの『情事の終り』との衝撃的な出会いから数年後、私は冬の或る晴れた日に通いなれた大学のすぐ近くにあった古本屋で偶然に一冊の本と出会った。今から三〇年前のことである。それは今もなお時おり手にとって読むC・S・ルイスの『キリスト教の精髄』である。目次には、人間性の法則、対立する神概念、道徳の三部門、性道徳、赦し、最大の罪、希望、愛、信仰など、興味深い題目に満ちていたので、私はためらわずその本を買って家に帰り読み始めた。親しみやすい語り口、豊かな想像力と厳密な論理的思考、ユーモア、多彩なメタファーを駆使しながら人間と社会と宇宙に関する洞察が盛り込まれており、当時の私がそれまで漠然としか考えていなかったさまざまな問題を整理し、私の知識の境界を広げてくれたので、ページをめくるにつれて感銘は一段と深まっていった。この書物に魅せられた私はルイスについてもっと知りたいと思った。人文科学分野におけるルイスの学識は驚嘆すべきものであり、ヨーロッパ文化史を視野に入れた中世・ルネッサス研究、文学批評、哲学、神学、倫理学、言語学、現代文明批評などの分野で数々の素晴らしい遺産を残していること、また、ルイスは学者であると同時に、『ナルニア国年代記物語』以外にも優れたファンタジーを創作した作家であることを知るのにそれほど時は流れなかった。
竹野一雄著『想像力の巨匠たち』彩流社(あとがき)より